認証企業事例紹介

対談:企業のサステナビリティとESG

(株)日本政策投資銀行 
代表取締役社長

柳 正憲(左)

(株)三菱ケミカルホールディングス 
取締役会長

小林 喜光氏(右)

[季刊DBJ 36号] 2017年8月発行 より抜粋。役職等は当時のものです。

(司会)
(株)日本政策投資銀行
執行役員
産業調査本部副本部長 兼 経営企画部サステナビリティ経営室長
竹ケ原 啓介

企業にも本質的なコンセプトが求められる時代

欧米を中心に拡大してきたESG投資が、足下でわが国においても急速に影響力を増しています。ESG投資について、小林会長の現状認識をお聞かせください。
小林
地球環境の持続可能性への危機感からパリ協定が、また、地球環境に加え、社会の持続可能性も追求する責任感から国連SDGs(注)が生まれました。一方、世界がこれだけグローバル化、デジタル化し、SNSの拡大でスピーディーに情報共有が進む時代になると、産業や国家間のボーダーもなくなってくるので、企業にも社会における存在理由や独自の価値観、本質的なコンセプトが要求されていると感じます。その意味で、21世紀の企業経営における最大のコンセプトはサステナビリティだと思います。
企業が永続的に繁栄するためには、時代の潮流を正しく理解し、世界が抱える課題の解決に貢献することで、社会と市場に対して自社の存在価値を実証し続けなくてはなりません。これができる企業か否か、すなわち、持続可能性を備えた企業か否かを見極めるのがESG投資ではないでしょうか。E(環境)とS(社会)をめぐるマクロトレンドを踏まえて、事業ポートフォリオの大胆な転換など、自らの企業活動をタイムリーに最適化できるG(ガバナンス)体制を構築できているかどうかを、投資家が意識的に吟味し始めたということだと思います。
そうした変化を先取りする形で、御社グループでは環境・社会課題の解決に貢献し、持続可能な社会を築くビジョンに掲げた「KAITEKI経営」を実践しておられます。そこのコンセプトには、我々も大変共感しています。DBJも2008年に政策金融機関から株式会社に移行したのですが、そのとき考えたのは、やはり政策金融機関としてのDNAで良いものは遺しておこうということでした。それが公益性、つまり社会価値です。その公益性と収益性の両立、今では経済価値と社会価値の両立と言っていますが、それが我々の一番の行動基準であり、御社のKAITEKI経営で示された心・技・体に通じるものがあったので、我々も自分たちの方向が間違っていなかったなと元気付けられたのです。

サステナブルな企業を目指し「KAITEKI経営」をスタート

多くの企業が画期的な経営モデルとして参考にする「KAITEKI経営」を2011年に打ち出されたことを考えると、御社の先駆性は際立っています。なぜ、このタイミングでこうしたコンセプトを打ち出せたのでしょうか。
小林
もともと僕は1974年12月に28歳で入社して、石油化学の触媒の研究を続けていたのですが、10年後にこの分野にもう明日はないと考え、当時世に出始めていたフロッピーディスク、光ディスクなどの記録メディアをやりたいと上司に直訴して、37歳から光磁気ディスクの研究へ移りました。47歳の時に本社の事業部へ来いと言われ、49歳で三菱化学メディアの社長を拝命。撤退寸前の事業を立て直して、光ディスクのシェア世界一を実現しました。
2005年に58歳で本社に戻り、研究開発担当の常務になりました。研究開発はテーマ選びがすべてなので、20年先の社会像と化学会社の役割を考えて、10年先に達成すべき目標を見定め、そこからバックキャストして今取り組むべきテーマを決めるプロジェクトに着手しました。その結果、これから環境問題がより重要になるだろう、そして、特に高齢化の進む日本では健康への要求が切実になるはずだと予測しました。この2つは衆目が一致しましたが、やはり人間には住み心地のいい家に住んでおいしいものを食べたいというような欲求もある。そこで、当社が取り組むべきテーマのクライテリア(判断基準)として、サステナビリティ(環境・資源)、ヘルス(健康)、コンフォート(快適)の3つを定め、これらを満たさない新事業はやらないことにしたのです。
その後、2007年4月に社長に就任したのですが、その途端に爆発事故、独占禁止法違反事件、薬害問題が立て続けに発生し、12月には三菱化学鹿島事業所で4人も亡くなる火災事故を起こしてしまいました。この時、製造業が永続性を保ち続けるための経営の基本は、事故を起こさずコンプライアンスを守ることだとあらためて痛感しました。
こういった過程で、企業価値を経済性や資本効率の追求(MOE)、イノベーションの追求(MOT)、サステナビリティ向上(MOS)という3つの軸で捉え、3軸に沿った企業活動の結果として生み出される価値の総和を真の企業価値と見なす考え方を発展させていきました。こうして、2011年から「KAITEKI経営」を本格的にスタートさせたのです。
2009年には、人類が直面する長期的な課題の解決を目指すシンクタンク兼研究所である「(株)地球快適化インスティテュート」を設立し、2010年に『KAITEKI化学----サスティナブルな社会への挑戦』、2011年に『地球と共存する経営----MOS改革宣言』を出版するなど、当社が単に利益だけでなく、MOE・MOT・MOSの3軸を総合したベクトルとしての「KAITEKI価値」を追求する持続可能な企業体を目指していることを一歩ずつ明瞭にしていきました。

多様な手法で社員への「KAITEKI経営」の浸透を図る

会長が編み出された新しいコンセプトを対外的に打ち出すには、まず役職員に自分の問題として理解してもらうことが必要になりますが、これは容易ではなかったと思います。特に最近、合併も含め、グループが広がりましたよね。しかも、それをグローバルに定着させることは至難の業ではないかと思うんですが、どうやって「KAITEKI経営」を社員の皆様に浸透させていかれたのでしょうか。
小林
例えばビール会社とか自動車会社だと、社員が何を作るために集っているか、何の「御旗」の下に集っているかが一目瞭然です。でも、化学会社は何をやっているか分かりにくいんです。御旗がない。これが社長になったときの最大の心配でした。そこで、この会社は一体どういう会社なのかをはっきりさせるというところから始めなきゃいかんな、と思ったんですね。
最初に作ったのが、グループモットーの「APTSIS(アプトシス)」です。僕が重要と考える6つの行動規範の頭文字をつなげた造語で、社員に求める働き方を明確にしました。具体的には、Agility=機敏さ、Principle=原理原則・理念の共有、Transparency=透明性・説明責任・コンプライアンス、Sense of Survival =崖っぷちにあるという意識・危機感、Internationalization=グローバル市場でのパフォーマンス向上、Safety, Security and Sustainability=安全、安心、持続可能性・環境対応です。
同時に、サステナビリティ・ヘルス・コンフォートだとかKAITEKI経営だとか定性的に言っているだけではよく分からないから、全部定量的に表現する作業を始めたわけですね。CO2排出量を何割減らすとか、疾病治療への貢献度を何割上げるとか、暮らしを改善する新商品を何割増やすとか、2015年の目標に向かって、2011年から達成度を毎年査定するようにしたんです。ただ、社員から見ると「社長が妙なことをやっている」としか思えない(笑)。そこで、工場、研究所や販売の現場で、小集団単位で「KAITEKI経営」の心・技・体を説いていきました。
秘訣は、やはり小集団が核になって、どんどん拡げていくことにあるわけですね。
小林
はい。KAITEKIの浸透は宗教の布教と同じですから(笑)。宗教には伝道者がいます。僕と議論しながら「KAITEKI経営」を形にした連中を伝道者に任じて、直接現場に行って説明してもらう。そういう国内外の拠点での「布教」活動を進めました。
加えて、社員の注目を惹くのに社内報だけでは限界があるので、社外メディアを活用しました。書籍を出版し、多数の講演をこなし、報道機関の取材に積極的に対応したのです。また、『KAITEKI化学』を中国語と英語に、『地球と共存する経営』は英語に訳しました。その結果、日本人よりむしろ反応が良かったのが欧米人なんですよ。「ぜひやりましょう!」と非常に共鳴してくれました。
たしかに、キリスト教を信じている人には「APTSIS」のような行動規範は分かりやすいと思います。私もこの頃、よく行内で言うのですが、初期キリスト教の言葉「本質において一致、行動において自由。すべてにおいて信頼」と。本質において一致していれば、みんなが独自に活動しても、信頼できる。ちょっと共通する感じがします。まさに、本質が大事ですね。

どんな企業体にも有効な「KAITEKI経営」の手法

実は、我々もよりユニークな金融機関となるために他社ができないこと、やらないことをやろうということで、いろんなことに挑戦しているのですが、その一環として融資では、単なる資金提供ではなく付加価値を付けようということで、今、5つの評価認証型融資というものを展開しています。認証の種類は、環境、BCM、健康、グリーンビル、病院です。御社にも2013年度と2016年度の2度、環境格付融資をご利用頂くとともに、連続で最高ランクを取得して頂きました。
小林
DBJには、2013年度の環境格付融資を通じて「KAITEKI経営」を最初に評価して頂きました。本当に光栄に思います。
評価を担当しているチームからも、御社を評価させて頂くことで鍛えられ、目線を上げることが出来たと聞いています。こうした相互性も魅力の一つだと思います。
さて、当行もこの4月からスタートした新しい中期経営計画の中で、サステナビリティ経営を進化させていく方針を打ち出しています。最後に、「KAITEKI経営」を生み出されたお立場から、当行の今後の方向性についてご助言などを頂けますか。
小林
企業価値をMOE・MOT・MOSの3軸に分解して、それぞれを定量的に把握するアプローチは、どんな企業体であれ有効ではないかと思います。MOEは財務諸表で表されるのであまり独自性は発揮できませんが、MOTとMOSを計測するためには、まず自社にとってのクライテリアが何かを決めることから始める必要があります。その試行錯誤自体が、自社の存在意義と経営資源を分析し、自覚するプロセスに他ならないのだと思います。さらに、その企業が置かれた時代状況・経営環境、乗り越えるべき課題、目指す方向性などに応じて、MOE・MOT・MOSの重み付けを調整し、構成要素を意志的に見直し続けることが重要です。
金融と製造業は業態が異なりますが、サイロ的な固定観念を打破すれば、その会社なりのやり方で、人・社会・地球の持続可能性に貢献することは大いに可能だと考えています。
竹ケ原
本日は誠にありがとうございました。

(注)SDGs : Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標。持続可能な開発のための17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)からなる。貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動を呼びかけている。2015年9月の国連総会で採択された。