認証企業事例紹介
花王に対し、「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」に基づく融資を実施
花王(株)
取締役会会長
尾崎 元規氏(左)
(株)日本政策投資銀行
代表取締役社長
橋本 徹(右)
日本政策投資銀行(DBJ)は花王株式会社(以下、「花王」)に対し、「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」(以下、「DBJ健康格付」)初適用となる融資を実施した。
DBJではこれまでに、環境や事業継続に対する企業の取り組み度合いを独自の格付手法で評点化し、融資条件に反映させるDBJ評価認証型融資(DBJ環境格付、DBJ BCM格付)を開発している。その目的は、財務情報のみならず、非財務情報を積極的に取り込むことで企業価値をより適切に評価することにある。
今回、DBJ健康格付が加わることで、評価認証型融資がさらに厚味を増すことになる。
[季刊DBJ 16号] 2012年7月発行 より抜粋。役職等は当時のものです。
企業経営に重要性を増す健康経営
2008年4月の特定健診制度、いわゆる“メタボ検診”の導入、労働者のメンタルチェックの義務化に関する国会審議など、昨今、企業の従業員への健康配慮の必要性が高まっている。また、将来的な労働人口の減少が予測される中で、従業員の健康増進によって人的生産性の向上を図ることも重要な経営課題となっている。
DBJ健康格付融資は、こうした社会情勢を踏まえ、健康経営の概念を普及促進させるべく経済産業省の調査事業に応募(注1)、その一環として開発した独自の評価システムにより、従業員の健康配慮への取り組みの優れた企業を評価・選定し、その評価に応じて融資条件を設定するという「健康経営格付」の専門手法を導入した世界で初めての融資制度となる。
健康経営とは、従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで、従業員の健康の維持・増進と会社の生産性向上、医療費の節減等を目指す経営手法である。日本人の死因の3分の1を占める生活習慣病への対策、増え続ける精神障害を起因とする労災への対策(メンタルヘルスリスク対策)など、リスクマネジメントの観点からも重要性を増している。
DBJ健康格付で最高位の格付を付与
今般、花王に対しては、初の案件として、DBJ健康格付で最高ランクとなる「従業員の健康配慮への取り組みが特に優れている(特別表彰)」の格付を付与した。
主な評価ポイントは、トップの明確なメッセージとしての「花王グループ健康宣言」のもと、①健診データ、レセプト(医療費の明細書)データ等の定量数値や社内従業員調査等の定性情報をもとに、自社従業員の健康レベルの適確な把握・分析に努めている点、②その分析結果に基づき自社の重点施策を明確化のうえ、中期計画を策定し、それにあわせた施策を事業者、健保組合、産業医、外部専門家らが協力して実施する体制を構築している点、③当該仕組みを、現場レベルに対しては、「健康づくり実務責任者・担当者」を設置することで末端まで浸透させ、経営層に対しては、「健康づくり推進委員会(Te-ni-te会議)」を通じた報告・改善の場を設け、経営管理課題として全社的に健康づくり事業を位置づけている点等で、まさに組織内で「健康経営」のPDCAサイクルが定着・運用されていることを高く評価した。
健康づくり事業にいち早く取り組む
花王は1887年の創業以来、衣料用・台所用洗剤、ヘルスケア製品、化粧品等、日常で使用される様々な家庭用品のメーカーとして、トイレタリー部門ナンバー1の地位を築いている。また、個々の従業員の力を最大限引き出すべく、早くから安全・清潔な職場環境の確立とワークライフバランスの風土づくりに努めており、品質の高い商品の提供と企業ブランド価値の向上を実現している。
さらに、福利厚生事業の一環として、従業員の健康づくりにもいち早く取り組んできており、「健康経営」の代表的企業といえる。人材開発部門健康開発推進部部長の豊澤敏明氏は、「企業の福利厚生の中心施策が住宅分野だった1990年代後半、当社は福利厚生の中心を保健分野に定め、産業医、産業看護師・保健師などのスタッフを拡充。それを機に本格的な健康づくり事業に取り組んできました」と語る。
現在までの主な活動は、以下の通りだ。
- ◆ 2005年「KAO 健康 2010」策定
- セルフケア意識の高い、心身ともに健康な社員を増やすことを目的とした活動。国の政策(「健康日本21」)を参考に、喫煙率や運動不足、血圧など12の健康指標に数値目標を設定・公表し、2010年度に2003年度数値の半減とすることを目指した。
- ◆ 2007年「健康マイレージ」開始
- 「KAO 健康 2010」の達成と健康づくりの支援ツールとして開始。健康イベントに参加したり、被扶養者が健康診断を受けるなどの健康づくりを行うと健康マイルが貯まり、健康グッズと交換できる。
- ◆ 2008年「花王グループ健康宣言」発行
- 経営トップからのメッセージとして、「社員の健康は自分にも家族にも、そして会社にもかけがえの無い財産」と、会社として社員の健康づくりに積極的に関与することを鮮明にするとともに、生活習慣病やメンタルヘルス、禁煙など社員自身が取り組むべき5つの課題を明示した。
- ◆ 2009年「花王グループ健康白書」刊行
- 健康づくり活動の「見える化」を図るとともに、健康関連データの集約と活用に基づく保健事業の展開を目指した。
- ◆ 2010年「KAO 健康 2015」策定
- 健康配慮義務の徹底を図り、生活習慣病における重症化予防や疾病管理を強化するとともに、メンタルヘルスに対する本格的リサーチを開始した。
こうした花王の健康づくり事業の最大の特徴は、会社と健保組合が一体となって運営されている点にある。豊澤氏は、「社員の健康管理は会社の責任、病気治療は健保組合の担当ですが、社員にとっては両者が一体化し、サービスが一本化されているからこそ健康管理に取り組みやすくなる。一体化していなかったら、ここまで進まなかったと思います」と、そのメリットを強調する。
「KAO 健康 2015」の3つの目標達成に向けて
現在、花王の健康づくり事業は、「KAO 健康 2010」の成果を踏まえ、「KAO 健康2015」を実行中だ。「KAO 健康 2010」では、2010年度に2003年度指標数値の半減を目指すという当初目標は十分に達成できなかったものの、生活習慣の7項目については03年度数値からの改善が見られ、健康に対する社員の意識変化は確実に進んだことが裏付けられた。
こうした流れをより確実なものとすべく、「KAO 健康 2015」では3つの目標を掲げた。
①生活習慣病関連の重症疾患発症者数を半分にし、現役死亡をゼロにする。②メンタル疾患発症者とメンタル疾患による長期休業者の減少トレンドを実現する。そして、最終的に③ヘルスリテラシーの高い社員を増やす──である。
最終目標にいう「ヘルスリテラシーの高い社員」とは、「健康診断の結果を見て、自分の生活習慣を見直し改善を図る社員。産業医だけでなく、必要に応じて自分の健康データを見てアドバイスをしてくれる医師を持つ社員。自分のこころの状況を確認し、必要に応じて相談できる人を持つ社員」を指す。
こうした3つの目標達成のために推進しているのが「健康づくりのPDCAサイクル」だ。具体的には、社員が自ら考え、健康目標を立て、自分の健康づくりに主体的に取り組み、その取り組みを職場のマネジャーや産業保健スタッフが支えていくという仕組みだ。この仕組みを社員ひとりひとりの間に浸透・定着させることが不可欠と豊澤氏はいう。
「たとえば、現状でもマネジャーはメンバーの健康に配慮し、快適に仕事に打ち込める環境をつくると謳われていますが、実際の実現度合いには現場間で格差があります。ラインマネジメントの中に、このPDCAサイクルをいかに組み込むかが課題で、各事業場の安全衛生委員会、職制会議などで健康づくりや健保事業などについて話をしながら浸透を図っているところです」
課題解決の“秘策”として豊澤氏が考えているのが、健康づくり事業の位置づけの見直しだ。実は、豊澤氏には健康づくりは福利厚生ではなく人材育成のテーマだという持論がある。
「普通、企業はビジネスの現場にいる社員を対象に、競争に勝てる強い人材に育てていくわけですが、中にはもともと、競争のスタートラインにつけない人もいます。たとえば、メンタルの病気では頑張りたくても頑張れない。そういう人を、もう1度競争に参加できるようにするのも私たちの仕事。だから、健康づくりは人材育成だと言える。そうした意味で、健康づくりイコール人材育成と位置づけることができれば、健康づくりはマネジャーの正式な職務となり、PDCAサイクルがより強力に機能することになるのです」
先進的な運営を行うからこそ、その現場には前例のない課題が生まれる。豊澤氏は、そうした課題と向き合い、新たな発想で乗り越えようとする。今回の試みが実現すれば、健康づくり事業の企業価値向上への貢献度は、さらに高いものとなるはずだ。
(注1) ヘルスケア・コミッティー株式会社、株式会社電通およびDBJの3社がコンソーシアムを組み、提案した事業(事業名:「健康経営」による健康・医療の産業化調査事業)が、経済産業省「医療・介護等関連分野における規制改革・産業創出調査研究事業(医療・介護周辺サービス産業創出調査事業)」に採択された。