認証企業事例紹介

長期ビジョンの達成、成長戦略の実行に向けて――マルハニチロ(株)の健康経営

2020年10月30日、(株)日本政策投資銀行(DBJ)はマルハニチロ(株)(本社・東京都江東区)に対し、2年連続となる「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」(以下、「健康経営格付」)に基づく融資を実施した。今回の融資は、2020年度の「DBJ健康経営格付」改訂後では初の事例であるとともに、同社に対しては2年連続で最高ランクの健康経営格付評価となる。同社はグローバルに展開する水産・総合食品企業であり、健康経営を「サステナビリティ長期ビジョン」の達成および成長戦略の実行に不可欠な取り組みとして位置づけ、健康経営を実践するための諸活動を会社、健康保険組合、社員が一体となり推進している。

マルハニチロ株式会社
人事部
人財戦略室 室長

山口 俊彦氏(左)

マルハニチロ株式会社
人事部
部長

若松 功氏(中)

マルハニチロ株式会社
人事部
人財戦略室 課長補佐

千葉 洋祐氏(右)

自然環境とともにあるサステナビリティ

――御社がサステナビリティを重視される理由・背景についてお聞かせください。

若松 功氏

若松

当社は140年ほどにわたり、水産資源を中心とする「食」の提供を通じて、企業として成長してきました。自然の恵みを享受することで成長できた当社にとって、自然環境を守っていくことは言わずもがなであり、サステナビリティに配慮した経営を行うことも自明と言えるのです。

また、世界的な魚食ブームで水産資源の獲得競争が激化し、その枯渇が危惧されていることから、2018年に海洋管理のために水産事業を推進する国際組織「SeaBOS」が結成されました。当社はその立ち上げに深く関わるとともに、初代会長に当社伊藤会長(就任当時は当社社長)が就任し、グローバルな視点と大きな枠組みの下で積極的に水産資源を守ることにチャレンジしているところです。

健康経営実践の経緯と特徴

――続いて、健康経営に積極的に取り組むに至った経緯についてお聞かせください。

山口 俊彦氏

山口

健康経営へ本格的に取り組んだのは2014年からです。当時の当社は健康経営を自慢できるような会社ではなく、逆に社員が不健康を自慢するような風土でした。そんな中で、私自身が健康経営の担当になって様々なセミナーなどで勉強するうち、不健康自慢をしているような会社は労働生産性が低いということに気づき、何とかしなければと思いました。そこで、経営陣に健康経営を真剣に進めていきたいと具申したところ、積極的に進めていくべきだと背中を押して頂き、2018年3月に健康経営宣言を出すに至りました。

その後、当社の産業保健スタッフおよび健康保険組合と連携し、まずは基本的なところから取り組み、徐々に活動を強めていった結果、2018年から3年連続でホワイト500(注1)に認定されることができました。

当社健康経営の特徴は、戦略的に取り組むべく、まず健康経営に対するミッション、ビジョン、バリューを定義し、課題をフレームワーク化していることです。抜け漏れがないように網羅的に自社の課題を整理し、すぐに対応できる部分からどんどんブレークダウンしていくスタイルで取り組みを進めてきました。

アプローチの仕方としては、大きく3つに分けられます。1つめは、最も基本的な課題である、重症化リスクの高い人、不健康自慢をしているような人が病気にならないためにできることは何かというハイリスクアプローチ(注2)を徹底的にやること。

2つめは、社員の健康に対する意識を向上させるということ。具体的には、生活習慣病を予防する取り組みを、指導、啓発を含めて進めてきました。

3つめは、健康保険組合とのコラボレーションです。会社だけではなく、健康保険組合からリソースを提供してもらい、社員が健康になるための取り組みを進めてきました。特に重症化予防については、我々人事部の人員に加え、産業医と人事部長からも対象者に話をしてもらうようにし、健康への関心を高めることで、各対象者が産業医と真剣に話すようになりました。これらの取り組みの結果、重症化リスクの高い社員の数が減ってきています。

加えて、人事部・産業保健スタッフの仲が非常に良いというのも特徴かと思っています。1週間に1度くらい集まり、様々な施策や企画に関して真剣に、時にはおもしろおかしく話し合っています。

社員を想う3つの取り組み

――健康経営の具体的な取り組み事例をご紹介ください。

千葉 洋祐氏

千葉

3つの施策をご紹介します。いずれも先ほど山口から説明のあったとおり、課題等をフレームワーク化した上で、高いリスクを持った人に限定せず全社員を対象とし、企業のリスクを全体的に下げるために行う施策です。いずれの施策も、取り組み意義を説明するトップメッセージを必ず添えることで、会社と社員と一体となって健康経営に取り組むという姿勢を共有しようとしています。

1つめの「DHAチャレンジ」は、まさに当社の健康経営を体現していると言えるもので、当社の強みである水産資源を社員の健康保持増進に直接役立てようという狙いで行っています。DHA(注3)を含む当社商品を社員に2ヶ月ほど食べてもらい、その結果を測定する取り組みです。2020年度で2回目の取り組みとなりますが、いずれも100名以上の参加者のうち、半数以上で中性脂肪値が下がるという結果が得られました。参加者の中性脂肪値は、2019年度は平均15%、2020年度は平均11%低下しました。

2つめは「Women’s Fest」です。これは健康経営とダイバーシティ推進が連動した施策であり、女性特有の健康課題である骨密度測定や更年期障害などをテーマに、期間1ヶ月にわたって各種イベントを開催しました。本社の社員140名程度が参加し、振り返りでは7割以上から「知識が深まった、健康意識が高まった」などの評価を得ることができました。

3つめは2018年度から開始した「健活セミナー」です。従来はハイリスクアプローチを重視し、重症化予防などに取り組んできたのですが、生活習慣病予防などにも対象を広げていこうと、これまで計4回ほど開催しています。参加者は毎回50名以上ですが、こちらもアンケート結果を見ると好評で、2020年度の場合、参加者のうちの7割以上が、実施4ヶ月後でも生活習慣病予防を習慣化できているとのことでした。

――社員の方の定量的な健康データにはどのように反映されてきていますか。また今後の活用方針について、どのようにお考えでしょうか。

千葉
サステナビリティ中期経営計画の中で、社員の健康増進を中期目標に設定していますが、生活習慣病の指標である脂質や血圧の値が、健康経営を推進し始めてから5年間で順調に下がっており、数値面でその達成状況を確認できています。今後は、医療費減少等による財務面での影響等、より取り組みの成果が分かり易い項目につなげていけるのが理想だと思っています。

あとは、あくまで我々の現場レベルでの議論ですが、先ほど紹介した社内向けの取り組みである「DHAチャレンジ」を、社外にパッケージ化して展開するといった形で、健康経営ビジネスになると面白いのではないかと考えています。

エンゲージメントの重要性

――社員のエンゲージメント向上に向けた施策にも積極的に取り組んでおられますね。

千葉
もともと「グループ理念研修」という役員自らが講師となる研修があり、当社の過去の歴史を振り返りながら、自分たちは今後、会社をどうしていきたいのか、会社としてあるべき姿は何なのか、といった問題を話し合ってきました。

さらに、2020年からエンゲージメントの向上に向けた新しい取り組みとして、社長と社員の意見交換会を実施しました。2020年2月に就任した池見社長の、「トップと社員がお互いのことを知って会社を良くしていくことが大事だ」という考えによるものです。このコロナ禍では、オンラインとなりましたが、全11回ほど開催し、13部署から55名が参加しました。皆さん、画面越しでも笑顔があふれており、社長とのざっくばらんな会話を通じ、「なかなかない経験で、会社への理解も深まった」という声がよせられました。特に支社の場合、社長も出向く機会は少ないので、地方の部署、普段顔を合わせることがない部署とコミュニケーションが取れるというのは非常に有効だと思いました。

他にも、全グループを対象にしたエンゲージメント調査を実施しています。今後、この調査の内容を人事部で更に精査し、次の施策を考えていこうと準備を進めています。
若松
社長は関西人でざっくばらんな方ですから、社員の緊張を解くために一生懸命ぼけたり、突っこんだりしています(笑)。

――エンゲージメント向上に向けた取り組みは、これからの企業にとって非常に大事で、ある意味、会社の価値を変えていくとも言えるものではないかと思います。

若松
そう思います。会社と社員との関係性は、今までの常識で考えていたら間違えてしまうと思います。やはり、社員が生き生きと、楽しく、しっかり生産性と創造性を高めて働けるように何が必要かという視点で、健康経営を考え続けていくことが非常に大切だと思います。

――健康経営やエンゲージメント向上にかかる施策を進められるなかで、ここまでの手応えとしてはいかがですか。

若松
この先、もう少し、いろいろなことをやりたいなという感じですね。健康経営はウェルビーイング(注4)という意味でも非常に大事な要素であり、これを高めていけば絶対にいい結果が生まれると思います。健康経営の努力はあまり目立たないのですが、本当に会社を良くしていくために大事な要素だと思っています。

今後の健康経営の展望

――最後に、今後の御社の健康経営の展望についてお聞かせください。

山口
当社の健康経営のビジョンでは、「人々の健康を応援する会社といえばマルハニチロ」と頭に浮かべてもらえるような会社になることと定義づけています。そうはいっても、まだ健康経営銘柄(注5)にも認定されていないので、まずそこが最優先の目標だと思っていて、その目標を目指すプロセスの中で、今不足している課題が埋まっていくのではないかと考えています。

一方で、先ほど少し話が出ましたが、自社だけにとどまらず消費者の方々に対しても、そろそろ健康経営の付加価値を提供していく時期に来ているのではないかと思っています。これまで「おいしい」とか「食べやすい」ということを当社の付加価値としてきましたが、もう少し健康経営とか健康な食品ということを消費者との接点として強くアピールして、当社の商品を展開していけたらお客さまとウイン・ウインの関係になれるのではないかと考えています。
機能性食品(DHA入りリサーラソーセージ)
機能性食品(さば水煮缶)

DHA入りリサーラソーセージをはじめとした機能性食品

――人々の健康を支援する会社イコール「マルハニチロ」というイメージが実現できれば本当に素晴らしいことだと思います。本日は有り難うございました。

(注1)ホワイト500:経済産業省が主催する「健康経営優良法人認定制度」において、特に優良な健康経営を実践している企業として認定される「健康経営優良法人(大規模法人部門)」 のうち上位500法人。(出典:経済産業省ウェブサイト)

(注2)ハイリスクアプローチ : 様々な疾患や問題行動に関して、高いリスクを持った人へリスクを減らすように支援していくこと。

(注3)DHA:ドコサヘキサエン酸。魚由来の油の成分で、中性脂肪値を下げるなどの効果がある。

(注4)ウェルビーイング : 身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、「幸福」とも翻訳される。企業経営の方向性や組織のあり方を考えるときの目安となる概念の1つ。

(注5)健康経営銘柄 : 経済産業省と東京証券取引所が共同で実施している企業の認定制度。健康経営に優れた企業を選定し、投資家にとって魅力的な企業であると紹介することで、健康経営の取り組みを広めることが狙い。東京証券取引所の上場企業から1業種につき1企業が選出される。

広報誌「季刊DBJ No.47」のインタビューをとりまとめたものです。
https://www.dbj.jp/co/info/quarterly.html

役職等は取材当時(2020年12月)のものです。