コラム
名古屋工業大学大学院 工学研究科社会工学専攻
教授
渡辺 研司氏
レジリエンスの意味するところ
「地震、雷、火事、親父」、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」。加えて近頃では、気候変動、サイバー攻撃に線状降水帯。とかくこの世は住みにくくなりました。
このような環境で企業を持続的に成長させることは並大抵のことではありません。私の専門(自称)でもあるリスクマネジメント、事業継続マネジメント(BCM)、そして重要インフラ防護の分野でも、災害や事件・事故による被害を防ぎきることは不可能で、それらを前提とするスタンスが経営の枠組みとしては主流となりつつあります。
具体的にはResilience(レジリエンス)と称され、事業継続の分野で日本に導入された段階では、「回復力」とか「復元力」と訳されていました。しかし、そのような短い単語では表しきれない深く幅広い概念が含まれています。
Resilienceをもっと前から使っていた心理学の分野では「打たれ強さ」、そして材料工学分野では「形状記憶効果」といった意味合いで定義されており、事業継続を推進している霞が関の省庁群は、これらを企業の経営に置き換えて、「弾力性のある回復力」や「しなやかな復元力」と頑張って訳していたこともありました。
その後、ISO(国際標準機構)の事業継続マネジメントシステム(BCMS)を取り扱うTC(技術委員会)からResilienceが登場する規格群が発行され始め、それを受けた日本の国内委員会ではどのような日本語を充当してJIS(日本工業規格)化するか、かなり議論を重ねました。そして最終的にはカタカナでそのまま「レジリエンス」となりました。
つまり日本語では表記できない新たな概念として位置づけられ、そしてそれは企業経営にも反映されなければ、その「ゴーイング・コンサーン(継続企業の前提)」を全うできない時代が到来したことを示していました。
しかしカタカナは表音文字ですので、「レジリエンス」という文字自体は漢字のように意味や形を表すことができないため、本来の深く幅広い概念から切り離され、使い手の都合の良いように使用されているような事例が散見されます。時として「強靭性」と訳されることもありますが、これはちょっと違うな...と個人的には考えています。
10年ほど前、米国でResilienceが企業経営の文脈で使われ始めた頃、その分野での大家と言われていたMIT教授の著書の翻訳に携わったことがあります。その際MITの研究室に、先生の好物であるダンキンドーナツのロゴ入りマグカップと、日本からの羊羹を持ってご挨拶に伺いました。先生の専門はロジスティクス・マネジメントでしたが、その際このようにおっしゃっていました。「渡辺さん、私はResilienceというカッコ良い言葉は嫌いだ。その中核の概念は柔軟性(Flexibility)の積み上げである。」と。
つまり「雨ニモマケテ、風ニモマケテ」、しかし元の状態をやみくもに目指して直線的に戻るのではなく、その方向を変えてでもしぶとく立ち上がる。また迫りくる脅威に対しては真っ向から立ち向かうのではなく、タイミングや場所を外すような「縮退」行動をとってやり過ごすことが、昨今の企業経営には求められているのだと勝手に解釈しています。
これは何も企業の経営者に限った話ではなく、最近の地震や台風、集中豪雨に伴う都市機能の途絶や人・モノ・金・情報の流れの錯綜により我々が翻弄される事態が多発し始めてきたことを考えると、複雑に様々なものが繋がり集中し続ける大都市で活動する我々個人にも求められていると痛感しています。
これだけ社会のインフラや機能が断片的に途絶し混乱する経験を重ねながらも、なお通常状態が維持され続けることが日々の社会経済活動の前提とされている硬直化した状態は、極めて脆弱な世の中だと改めて認識していただき、少なくとも皆さんは良い意味で「イイ加減さ」をもって能動的に「のらりくらり」と日々を過ごしていただきたいと思います。
2018年10月
※役職等は対談当時のものです。