コラム
東京大学政策ビジョン研究センター
データヘルス研究ユニット 特任教授
古井 祐司氏
寿司屋で始まった健康経営の推進構想
基礎医学を志していた私が、縁あって予防医学の道を歩み始めて10年。その頃の私は、予防医学研究の技術的な難しさ以上に、そもそも多くの人は予防に無関心であることに大きな壁を感じていました。そんな時に、高校の同級生と本郷三丁目の寿司屋で久々に懇談する機会がありました。2009年のことです。
私の愚痴を聞いた彼からは、「いや、関心がない訳ではなく、忙しい働き盛り世代は自身の健康への優先度が低いだけだろう」。そして、「職場で自然に健康になる環境を創ろう!」の一言が起点となって、国や関係機関を巻き込んだ検討が始まりました。
さっそく、賛同してくれる企業や経済団体、自治体、保険者、マスメディアと協力して、経済産業省の事業に応募。「健康経営による健康・医療の産業化調査(地域ヘルスケア構築推進事業)」として採択されました。2010~2012年度の3か年で、社員の健康への投資を促す制度設計、海外の先行研究、普及のあり方などの検討を進めました。
その一環で、「DBJ健康経営格付」が2012年に誕生しました。企業を社会的に評価し、世の中のムーブメントをつくる仕組みは、欧米の研究機関やOECD、最近ではアジアの国々からも注目を集めています。日本再興戦略改訂版2014でも、企業による社員への健康投資が重要施策として掲げられました。今では、経済産業省・日本証券取引所による健康経営銘柄をはじめ、都道府県・政令市、保険者、地銀等でも関連の顕彰が広がっています。
実際に取組を始め、それが継続している企業にうかがうと、共通点があることに気が付きました。
ひとつは、経営者や職場のリーダーにしっかりした問題意識があることです。少子高齢化に伴う人材不足、高齢社員の健康問題、業態によっては高い離職率対策など、自社の課題が“自分ごと化“されています。
もうひとつは、取組の目的が明確なことです。“健康“に注目して社員に寄り添うことで、これらの問題を解決したいという目的意識です。多くの経営者が口にされるのは、「健康は社員も家族も、そして顧客や地域にも共通する重要なテーマ。それに取組むことは、企業の姿勢を示すことにもなります」。
たしかに、このような取組を続けている企業では、社員の健康増進だけでなく、離職が減ったり、求職者の応募が増加したり、マスメディアに採り上げられることで家族も喜んでくれたりと、良い化学反応が起きています。
日本企業を対象とした最新の研究(古井・村松・井出,2018)でも、社員の健康は労働生産性だけでなく、仕事に対するモチベーションや職場の一体感に影響している構造が示されました。
健康経営の理念に心を動かされた経営者と、その人々が創っていくひとつ一つの取組事例が、少子高齢社会・日本の課題解決に寄与することを期待しています!
2018年11月
※役職等は対談当時のものです。
古井祐司,村松賢治,井出博生「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」日本労働研究雑誌,695,49-61,2018