コラム
健康保険組合連合会 保健部長 小松原 祐介氏
自発的な取り組み促す「健康経営」を
人生100年時代を迎え、健康寿命の延伸に対する国民の関心が高まるとともに、企業も心身の不調による業務効率の低下(プレゼンティーイズム)に起因する労働生産性の損失など、従業員の健康関連費用の全体最適を睨んだ経営に注目が集まっています。
また、DBJの「健康経営格付」をはじめ、経済産業省と東京証券取引所の共同による「健康経営銘柄」の選定や日本健康会議の「健康経営優良法人」認定制度など数多くの施策も動き始め、ここ数年で企業において健康経営が意識されるようになってきました。
従業員の健康と生産性に焦点を当てた健康経営は、成長戦略や働き方改革の推進力となるのは間違いありません。社会全体が健康に働くことを意識するようになったのは大変よろこばしいことですが、今後さらに健康経営を推進していく上で留意しなければならないのが「健康・医療情報」の取り扱いです。
健診結果や歩数・血圧などの健康に関する情報を企業が収集・管理しようとする動きが進む一方、人事評価に利用されることはないか、安心して医療機関を受診することができるかなどの懸念が指摘されており、こうした情報の扱いは簡単ではないことが想像できます。
欧米諸国では、企業は労働者の健康・医療情報を保有していません。国際労働機関(ILO)は、センシティブなデータを職場で原則取得しないよう求め、取得してよい場合を特定の仕事との適性の判定、安全衛生上の必要性、社会保障の受給資格の判断などに限定しているからです。
EU 指令でも、健康・医療情報は本人の同意がある場合や、守秘義務のある医療専門職が取り扱う場合を除き、原則として職場での取り扱いを禁止しています。
これらは、日本にも大きな影響を与え、「産業保健専門職の倫理指針」や「産業医の倫理ガイダンス」では、従業員の健康情報等を職場で取り扱う際には、産業医をはじめとする産業保健専門職が管理するよう求めています。
健康経営の基本は、従業員がいきいきと仕事ができる職場環境の整備と個々人の健康づくりをサポートする企業文化・企業風土の醸成です。企業が「健康!健康!」と声高に叫び、社員一人ひとりの歩数や血圧などのデータを日々強制的に得て管理する押し売り的な健康経営では、従業員は息苦しさを感じます。
組織として健康に絶対の価値を置く「健康至上主義」に偏ると、病気や障害のある人、心身に不具合を感じている人を排除することにもつながります。健康ファシズム的な健康経営は、やがて社員から支持されなくなるでしょう。
健康とはそもそも単に傷病がない状態ではなく、精神的、社会的にも満たされた状態のことを指します。健康経営には傷病の有無にかかわらず、誰もが生きがいを持ってその能力を最大限発揮できる職場環境を作る寛容さが必要です。
加速度的に普及する健康経営ですが、健康・医療情報などから判断する画一的な施策ではなく、従業員が自発的に健康づくりに取り組める環境整備を意識した施策が展開されることを願います。
2019年6月
※役職等は対談当時のものです。