コラム
三井化学株式会社 本社健康管理室長 統括産業医 土肥 誠太郎氏
健康経営ブームの今後
健康経営ブームは今後どのようになってゆくのであろうか?実に興味深い。産業保健現場では、1980年代後半に旧労働省が働く人の健康を増進するためにTHP(Total Health promotion Plan)を推進した。これに基づき多くの企業が体力測定や保健指導(食事指導・運動指導等)を積極的に実行した。しかし、バブル崩壊とともに、殆ど言われなくなった。今、景気に陰りが出始めたと感じるが、景気が悪くなって健康経営ブームも去っていくのであろうか?
筆者の認識では、健康経営とは、社員の健康を重視する経営を行うことにより、社員の健康増進だけでなく、企業としてのメリットも結果として得られるととらえ、社員の健康に投資しようとする考え方である。一般的に、健康経営による社員の健康増進以外の企業のメリットとして、①労働生産性の向上(欠勤率の低下、コミュニケーションの活性化、エンゲージメントの向上、前向きな思考など)、②健康確保による安全配慮義務履行のための負担の軽減、③企業イメージの向上(採用時のイメージ向上・健康に配慮する企業文化の外部発信など)、④リスクマネジメント(業務・業務外災害の予防など)などが挙げられる。これらのうち、生産性や企業イメージの向上は、直接企業価値の向上に関係すると考えられ、一方で安全配慮義務を適切に履行し、リスクマネジメントを適切に行っていることは、企業価値の棄損を低減する役割をも持っている。
DBJ健康経営格付融資は、足を地につけた形で着実に広がってきている。一方、今の健康経営ブームは経済産業省が最初の推進役になり、健康経営銘柄や健康経営優良企業などの文字が躍っている。健康経営を投資と考えるのであれば、リターンは得られているのだろうか? 企業イメージの向上には役立ったかもしれない。
健康経営がブームで終わるか企業や社会に定着するかは、結局、社員の健康増進に関する効果を科学的(疫学的)に明確に示し、さらに健康増進以外の効果も数値で示すことができるかどうかにかかっている。効果が明示されて、効果に対する経済性や企業として感じる魅力そして社会的要請の程度などから、企業は健康経営をどのような方向性で進めるのかを考えるのであろう。医学からみれば、「健康増進プログラムに参加した社員は運動習慣を持つ比率が20%から50%に向上した」や「健康診断結果の悪化した社員に保健指導をしたら血圧やコレステロール値が改善した」は、良いことであるが科学的に明確な効果(エビデンス)とはならない。エビデンスとするためには、大きな集団全体(企業グループ全体等)のリスクや事象が施策に対応して着実に減少していることを示すか、対象者をプログラム実行群と実行しない群に無作為(無作為に分けることが重要)に分けてその効果を検討するかが必要になる。
高年齢化が進む日本にとって高齢者が元気に生活し社会で機能することは、非常に重要である。したがって、中小企業を含め多くの企業が健康経営を真摯に推進することは、企業のサステナビリティのみならず、高齢化した日本の社会のサステナビリティを支える重要な要素になると考える。
2020年1月
※役職等は対談当時のものです。