コラム

東京大学未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 特任教授 古井 祐司氏

東京大学政策ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 特任教授 古井 祐司氏

東京大学未来ビジョン研究センター
データヘルス研究ユニット 特任教授
古井 祐司氏

取組の評価で健康経営は進化する

健康経営の取組をはじめ、それが継続している企業には共通点があることを、以前のコラムでご紹介しました。ひとつは、経営者や職場のリーダーにしっかりした問題意識があること。少子高齢化に伴う人材不足、高齢社員の健康問題、業態によっては高い離職率対策など、自社の課題が“自分ごと化“されています。もうひとつは、取組の目的が明確なことです。

健康経営の起点として、このような問題意識や目的意識を持つことができたら、次の段階として技術的な要素も重要になります。具体的には、健康経営の取組の実績を評価し、効果があったか否か、次に打つべき手は何かを把握することです。そこで、今回は取組を評価するポイントを整理します。

私たち東京大学データヘルス研究ユニットが先進的な事例を分析したところ、取組を評価するために必要な3つのプロセスが抽出されました。①職場の課題を定量的に把握する、②課題の解決度を測るための評価指標を設定する、③実績を定量的に評価する、です。それでは、この3つのプロセスをどのように進めれば良いでしょう。今回は、経済産業省による健康経営優良法人認定制度2021(中小規模法人部門)の申請情報を用いた分析結果(村松,2022)をもとに、3つのプロセスの進め方を考えます。分析対象は、法人格が会社等の7,511社です。

①職場の課題を定量的に把握するについては、健康診断結果を用いて定量的に集計・分析を行っている事業所は約50%でした。また、大規模な事業所では産業医や保険者等との対話、小規模な事業所は健康経営アドバイザー等からの助言によって、課題把握を行う傾向が見られました。一方、②課題の解決度を測るための評価指標を設定する、③実績を定量的に評価するに関しては、設定した評価指標にもとづいて生活習慣などを評価・改善しているのは40%弱の事業所でした。

これらの結果から、取組を評価して、さらなる進化を促すためにできる工夫が見えます。1つは、健康保険組合や全国健康保険協会(協会けんぽ)などの保険者が実施しているデータヘルス計画の活用です。現状では、課題を定量的に把握している事業所は半数にとどまっていることから、①職場の課題を定量的に把握する方法として、データヘルス計画の一環で提供する「健康スコアリングレポート」や「事業所健康度カルテ」を活用することが有用です。特に、他の企業、同業他社との比較ができるので、自社の特徴が明確になります。

2つ目は、共通の評価指標の設定です。評価指標にもとづき評価・改善する事業所は4割に満たない状況から、取組の評価に不可欠となる評価指標の設定は簡単ではない様子がうかがえます。

保険者によるデータヘルス計画でも、以前は1,400それぞれの健保組合が独自の評価指標をばらばらに設定していたため、特定健診や特定保健指導、重症化予防といった保健事業の実績を他の組合と比較することが難しく、自組合の取組は効果があったのか否か、改善する余地があるか否かが評価できませんでした。そこで、2021年度から共通の評価指標を導入したのです。これにより、取組の客観的な評価が可能になっただけでなく、健保組合の職員が評価指標をゼロから考える負担が軽減されました。もちろん、その職場の特徴に応じて独自の評価指標もプラスで設定すれば良いのです。

企業の健康経営でも、取組の背景にある課題や目指すことには、企業間で共通の要素もあるかと思います。また、同じ業種の企業では課題が似ている場合があります。DBJ健康経営格付融資の認定企業が設定し、評価している指標を抽出し、共有化することは、多くの企業にとって有用な知見となるでしょう。また、前述の「健康スコアリングレポート」や「事業所健康度カルテ」は、③実績を定量的に評価するプロセスにおいても役立つと思います。

DBJ健康経営格付融資は、企業による健康経営を社会的に評価する先進的な仕組みです。その仕組みによる認定を受けた企業の取組が進化し、その過程で生まれる知見は持続可能な長寿社会・日本にもプラスになる知見なのです。



2022年7月
※役職等は対談当時のものです。