認証企業事例紹介
防災力、事業継続力を企業価値にTOTOに対し、九州初の
新「DBJ防災格付」融資を実施
(株)日本政策投資銀行
常務執行役員
橋本 哲実(左)
TOTO(株)
代表取締役 副社長執行役員
伊藤 健二氏(右)
東日本大震災以降、各企業の間でBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)やBCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)に対する意識が高まり、具体的な防災/減災対策を講じる動きが広がっている。こうした中、日本政策投資銀行(DBJ)は昨年11月、国内最大手の住宅設備機器メーカーであるTOTO株式会社(本社・福岡県北九州市)に対し、TOTOグループが実施する耐震補強投資等の防災対策資金を対象として、九州初の新「DBJ防災格付」適用となる融資を実施した。
※2012年4月より、「DBJ防災格付」は「DBJ BCM格付」に名称変更いたしました。
[季刊DBJ 15号] 2012年4月発行 より抜粋。役職等は当時のものです。
企業の防災力を総合的に評価する
近年、「ゴーイングコンサーン(企業の存続可能性)」を脅かすリスクが巨大化、多様化、複雑化する中、ステークホルダーからの社会的要請に対応するべく、BCPやBCM策定に積極的に取り組む企業が増えつつあり、東日本大震災後は、その動きが加速している。一方で、企業経営とその評価尺度は財務的な指標が中心で、企業金融においても企業の防災や事業継続(=組織レジリエンス)への取り組みを十分に評価できていないのが現状だ。
「DBJ防災格付」融資は、DBJが開発した独自の評価システムによって、防災および事業継続対策への取り組みの優れた企業を評価・選定し、その評価に応じて融資条件を設定するという、「防災格付」の専門手法を導入した世界で初めての融資制度だ。2006年4月にスタートして以来、DBJでは、企業の総合的な減災対策を支援する「DBJ防災格付」の活用によって「事業者」と「投資家、金融機関」の対話・協調を促すとともに、これまで評価が難しかった企業の防災力と事業継続力の側面について、企業価値へ反映させることを目指してきた。
その「DBJ防災格付」を大幅にリニューアルしたのは昨年8月。これまでの実績と蓄積された経験知に加え、欧米等のBCM規格やISO原案等を参考にし、また、東日本大震災を踏まえた個別企業への緊急ヒアリングも行い、評価システムの内容を大幅に見直した。
具体的には、従来、格付評価に際しての設問体系では、主に発災前段階における予防策に重きを置いていたが、新「DBJ防災格付」では、発災後の企業の迅速な復旧活動を含む事業継続の取り組みに重きを置いた。これによって、予防だけに留まらず、危機事案発生後の戦略・体制等を含めた企業の事業継続活動(BCP、BCM)を総合的に評価する内容となった。
最高位の格付により最優遇金利で融資
今回のTOTOに対する新「DBJ防災格付」において、DBJは最高ランクとなる「防災への取組が特に優れている」の格付を付与し、同制度に基づく最優遇金利での融資(25億円)を実施した。
TOTOは、衛生陶器や温水洗浄便座をはじめ、住宅設備機器の製造販売を手がける国内最大手企業である。1995年の阪神淡路大震災以降、国内拠点のうち7割の建物・設備について耐震診断・耐震補強を実施したが、昨年の東日本大震災を機に当初計画を4年前倒し、2013年度までに全拠点の防災対策を完了させることにした。TOTOは新「DBJ防災格付」融資で調達した資金を、今後の建物・設備の耐震診断ならびに耐震補強対応に充てる。
今回の格付で高い評価ポイントとなったのは、ハード面において、①本社を含む国内外主要事業所の耐震・免震対策や製品生産拠点の内外地理的分散が図られている点、②汎用部品の利用率向上や代替困難な重要部品の生産多重化等によって、事業継続のボトルネック解消と強靱なサプライチェーン構築に取り組んでいる点、ソフト面では、③重要業務に主眼をおいた実践的リスクシミュレーションを継続的に実施している点、④シミュレーションから得られた具体策を日常の業務プロセス改善に適用している点、等だ。
特に③のリスクシミュレーションは、ステークホルダーへの悪影響を最小限にするべく、ものづくりの現場の判断から経営者の有事の意思決定、対外情報発信に至るまで極めて実践的なものであり、今後のわが国ものづくり事業者におけるBCP策定にあたっての1つのモデルケースになり得ると評価された。
全社体制の下でリスク管理を推進
TOTOでは2005年に、各拠点単位で実施されてきた耐震対応や安全管理などのリスクマネジメントをグループで一元的に管理するため、全社レベルでの体制を構築した。
具体的には、社長を委員長とする「リスク管理委員会」を設置。同委員会が毎年、ステークホルダーに大きな影響を及ぼす恐れのある重大リスクを抽出し、各々のリスクについて「リスク管理統括部門長」を任命する。各部門長はリスクマネジメント規定に基づき、各種委員会や会議などを通じて、全部門ならびにグループ会社と連携して、リスクの未然防止活動とリスク対応力の向上に取り組む、という仕組みだ。2011年度は、東日本大震災を踏まえて、大型地震、重要部品の調達、電源供給制限・停電など45項目を主な重大リスクとして抽出した。
また、2005年度から重大リスクへの対応力を高めるために、全グループ企業を対象に実践的なリスクシミュレーションを継続的に実施。2010年度は国内全部門ならびに海外グループ会社を含め、TOTOグループの全部門で「緊急連絡シミュレーション」を実施したことが奏功し、東日本大震災の際には発生45時間で、グループで働く全員の無事を確認することができたという。
高度な管理能力を防災面にも活かす
新「DBJ防災格付」で最高ランクを取得したTOTO。その高い危機管理能力の背景には、1917年の創業以来、ものづくりの会社として積み重ねて来た安全・品質管理への着実な取り組みがある。
「耐震対応への具体的な取り組みは阪神淡路大震災後に始まったのですが、もともと、ものづくりの会社として設備の安全、製品の品質などに関するマネジメントには、欧米からBCMやERM(Enterprise Risk Management:全社的リスクマネジメント)の概念が入って来るはるか以前から各工場で取り組んでいました」
そう語るのは、TOTO総務部リスクマネジメントグループ・グループリーダーの田中江美氏だ。もとより、ものづくりの現場では安全や品質に関する厳格な管理が不可欠だが、TOTOにおいては衛生陶器という、土を原料とする工業製品を作るだけに、どこにも増して高いレベルが求められたという。
「水分を含んだ土は、焼かれる途中で変型しながら収縮します。それでも、すべての製品のネジ穴の位置が正確に焼き上がるような管理を実践してきたのです。つまり、形が異なってよしとされる職人技を工業製品化するためのマネジメント精神を防災面にも貫いた結果が、今回の高い評価につながったと思っています」
さらなるリスク管理の可視化に取り組む
今回の格付評価について、田中氏は大きく3つの成果があったと指摘する。
1つは付加価値の高い耐震対策ができたことだ。「今回の格付に対しては、耐震対策のための資金調達に困ってというより、“こんないい形で耐震対策を進められる”ということを社内外に説明したい、“耐震計画を前倒しするなら相応の価値をつけて実行したい”という思いが強かったので、期待通りの成果が得られました」
2つ目は、防災への投資が企業価値を高めるという認識が社内に浸透したこと。「評価のフィードバックの際、DBJから「防災対策やリスクマネジメントはコストセンターの仕事ではなく、経営に不可欠な投資である」との話がありました。金融のプロフェッショナルからのコメントだけに、経営トップも防災力が企業価値であるという認識を強くしたと思います」
3つ目は、リスクマネジメントの可視化の方法について学べたこと。「かねてより、間接部門の活動の成果を可視化できないかと考え続けていたのですが、今回の経験を通じてリスクマネジメントの可視化の1つの方法を学べたことは大きな収穫でした」
そして田中氏は今、リスクマネジメントのさらなる可視化を図るべく、新たな課題に取り組もうとしている。「その1つが、地域における相互支援体制。文書にして事前協定のようなものを結ぶといった形で準備したい」という。思いの裏にあるのは、東日本大震災以降、防災力・事業継続力が、日本という国の評価、日本企業の評価に直結するようになったという認識だ。
「困った時に助け合うのは日本人にとっては当然で、今回の震災でも被災地域ではお互い助け合って復旧・復興に取り組んでいます。でも、そうした“日本人気質”は、欧米のステークホルダーからは理解されません。日本は世界有数の自然災害国なので、それに対してどれだけの備えができているのかを世界に発信していくことが必要。さもないと今後、日本の国際的な評価は下がるでしょう。先人たちが暗黙知として築いた“メイドインジャパン”の価値を、これからは世界共通の言語、表現力でアピールしていかなければならないと思います。その意味で、DBJの防災格付という形で情報発信ができるようになったことは貴重な経験でした」
2017年の創立100周年に向けて、TOTOグループが描く姿は「真のグローバル企業」だ。世界に存在価値を認められる企業を目指すTOTOグループの成長戦略を、DBJは今後も強力に支援したいと考えている。
日本企業が日本で生きていくために
TOTO(株)
代表取締役 副社長執行役員
伊藤 健二氏
ものづくり企業は製品の供給責任を負っています。当社は衛生陶器をはじめ生活用品の市場シェアが国内外で高いことから、発災時には企業の利益よりも供給責任を全うすべきと考えています。これは、先人から脈々と受け継がれてきた当社の理念によるもの。全社的なリスクマネジメントの礎となっています。
2004年のCSR宣言以降、当社のリスクマネジメントはリスク毎の個別管理から、方針を共有し、現場に任せながらも、統制状況が全社俯瞰できるマネジメントスタイルへと変化しています。東日本大震災では福島の子会社等が被災しましたが、発災直後、経営トップから「安全確保」「雇用確保」の基本対応方針を発し、各現場の復旧対応は現場に任せました。発災時、トップが全てを判断することは現実的ではありません。タイの洪水でもそうですが、海外ではなおさらです。被災状況に応じた対応は現場に一任し、トップには現場から収集した情報に基づく冷静かつ大局的な判断が求められます。
日本の企業は日本経済の活性化にできる限り寄与していくべきと考えています。一企業が自社の利益確保だけを目的に国外へ出て行くことは日本全体にとって決してよいことではありません。当社も創業の地である北九州の地域社会とともに発展してきた企業として、これからも共生のあり方を責任を持って考えていきます。
火山国に生きる以上、拠点分散等の防災対策はコストアップではなく必要コストと捉えるべきです。DBJには今回の防災格付融資のように、必要コストを負担してでも日本に根ざして事業活動する企業を引き続き応援していただくよう期待しております。